卒業研究
熟字訓の音読障害を呈した伝導失語の一例
A Case Example of Conduction Aphasia Exhibiting a Disorder Related to Reading Aloud Special Kanji Combinations
言語聴覚士学科
松岡琴枝
要約
本症例は脳梗塞により伝導失語を呈した70歳代男性である。初期評価より失見当識、持続性注意機能の低下をみとめ、言語評価においては喚語困難や熟字訓の音読の選択的低下などがみられた。訓練アプローチとしてカテゴリー分類課題・語彙選択課題を行い、呼称と一般的な漢字単語の音読には改善がみられたが、熟字訓の音読は改善をみとめなかった。一般的な漢字単語の音読は語彙ルートに加え仮名ルートが補っているのに対し、熟字訓は語彙ルートのみに依存しているために改善に至らなかったと考える。
目的
初期評価では失見当識、持続性注意機能の低下をみとめたが、日本版レーヴン色彩マトリックス検査で34/37点と認知機能は保たれていた。言語症状に対し、標準失語症検査(SLTA;Standard Language Test of Aphasia)および漢字音読の掘り下げ検査を実施した。理解面は聴覚的把持力の低下があり,発話は音韻性錯語が多く、自己修正や接近行為などを認めた。これらの特徴より、失語症タイプ分類は伝導失語と考えた。漢字音読の掘り下げ検査では、特に熟字訓の音読障害をみとめた。
これらの症状により、妻や周囲の人との意思疎通が困難となり、病棟生活でのストレスになっていると考えられ、長期目標には要求をわかりやすい言葉で伝える、コミュニケーション能力の向上を挙げた。短期目標には漢字音読困難の改善と呼称困難の改善を挙げ、次の訓練アプローチを行った。
方法
- カテゴリー分類訓練:文字カードを意味カテゴリー別に分類する。
- 語彙選択課題:絵カードに対して漢字選択肢より適切な漢字を選択する。
誤答の際は一文字目の漢字をヒントとして与える。
結果
訓練初期では、高頻度語の漢字選択・音読で無反応が目立った。最終訓練時では高頻度語の漢字選択の困難は残存していたが、漢字単語の音読では無反応が減少し音韻性錯読・自己修正・接近行為を認めた。 SLTA再評価では、話す機能の単語レベルに改善がみられた。また漢字の音読・書取、仮名1文字の音読・書取にも改善をみとめた。一方、音韻性錯語や熟字訓の音読には改善がみられなかった。
考察
通常一般的な漢字音読は、語彙ルートと仮名ルートの両方を使用するとされる。本症例では、漢字単語の音読の中でも特に熟字訓の音読障害を認めた。小嶋(2010)は、熟字訓を持つ漢字単語の音読経路は語彙ルートで処理され、語彙ルートを障害することで熟字訓の音読が困難になると述べている。本症例は,SLTAの結果より単語の聴覚的理解における成績が良いことから、意味記憶は保たれており、語彙選択・出力語彙辞書・音韻選択が低下していると推測した。これらの機能は語彙ルートの一部であり、熟字訓の音読障害の原因と推測できる。 カテゴリー分類課題と語彙選択課題を実施した結果、呼称の改善と一般的な漢字単語の音読の改善がみられた。しかし、熟字訓の音読は改善をみとめなかった。一般的な漢字単語の音読は語彙ルートに加え仮名ルートが補っているのに対し、熟字訓は語彙ルートのみに依存しているために改善に至らなかったと考える。