卒業研究
メトロノームによる持続的な聴覚刺激により右半側空間無視が改善した症例
Study on Right Unilateral Neglect Improved by Continuous Auditory Stimulation via Metronome
言語聴覚士学科
西川里奈
要約
左被殻出血を呈した症例において、各種検査を行った結果、右半側空間無視をはじめとする高次脳機能障害を認めた。半側空間無視は、大脳半球損傷により損傷とは反対側の空間に対して注意が向かなくなる障害である。左右の大脳半球は空間性注意の機能に差があるため、左側への半側空間無視は重度でかつ持続する一方、右側に対する無視は軽度もしくは一過性であることが知られている。これまで左半側空間無視に対する訓練効果は多く報告されてきたが、右半側空間無視についての報告はほとんどみられない。今回、メトロノームによる右側への聴覚刺激を用いて訓練を実施した。その結果、持続的な聴覚刺激が右半側空間無視の改善にも有効であることが示唆された。
目的
本症例は82 歳、女性、右利き、頭部CT により左被殻出血と診断された。初期評価において右半側空間無視や記憶障害等の高次脳機能障害を認めた。右半側空間無視の改善を主目的に訓練を実施した。
方法
①記憶課題(絵カードの即時再生・遅延再生)、②歌唱訓練(歌詞提示)、③注意課題(ランダムに配置された数字1~30 のポインティング)を実施した。①②においては、口頭指示や視覚提示で右側空間への注意を促した。③においては、メトロノームを用い持続的に右側への聴覚刺激を与えながら実施した。
結果
記憶課題や歌唱訓練では成績の改善を認めなかったが、メトロノームを用いた注意課題については所要時間が減少し、右半側空間無視の改善を認めた。
考察
左被殻出血により右半側空間無視を呈した症例に対し、聴覚刺激を用いた訓練を行った結果、右側への視覚探索が改善された。大脳半球損傷患者は、損傷半球とは反対側の空間に対して注意が向かなくなる“半側空間無視”を呈することがある。左右の大脳半球は空間性注意の機能に差があるため、その多くは左の半側空間無視を示し、右半側空間無視を示す症例はほとんどが一過性であることが知られている(Mesulam M,2002)。そのため、これまで左半側空間無視の責任病巣については、右半球の側頭‐頭頂‐後頭葉接合部や被殻、視床といった皮質下病巣など多岐にわたる報告がされてきた(石合,2012)が、右半側空間無視に関する報告はほとんどない。本症例の損傷部位は左被殻であり、左右の半球の違いはあるものの上述した責任病巣に合致していた。
また、左半側空間無視に対する訓練の有効性については、聴覚的な刺激が視覚探索を喚起させ(Farah,Robertson,2009)、さらに聴覚刺激を一過性ではなく、持続的に提示する方法が有効であること(宮崎ら,2009)が報告されている。今回、右半側空間無視を呈した症例に対し、メトロノームを用いて持続的な聴覚刺激を与えながら注意課題を実施した。その結果、持続的な聴覚刺激が右半側空間無視の改善にも有効であることが示唆された。
左半側空間無視に比し、右半側空間無視に関する責任病巣や訓練効果については、まだ十分な見解が得られていないことから、今後の検討が望まれる。